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寧海平調
2017-10-09フォントサイズ: A A A

寧海平調

寧海平調は中国の古い伝統演劇の一つである。明末に興り、清に盛んになった。三四百年の歴史を持ち、寧海、象山、三門辺りで、流行っていた。浙江高腔の流派の一つで、寧海の方言で歌い、節回しも「ゆるやか」ということで、「寧海平調」と称された。「耍牙」は平調の中の絶技といわれ、川劇の「変顔」と同じくらいである。豪快で繊細、野性の中に優しさもある。伝統的劇目は100個、その中『前十八』、『後十八』は最も有名である。

 

その節回しは高くて緩やかで、歌い方は独特であると共に、道化者が蘇州語を使う外、基本的に寧海の方を使うため、県人を「当地班」と称される。主に寧海、象山、黄岩、温嶺、臨海、仙居、天台、奉化などの地で上演され、寧波、舟山、杭嘉湖と上海まで短期公演も行なわれる。

 

清朝末期から、多くの芸人は寧波の甬昆班(昆曲と調を歌う班社)の出身で、明末、清初の浙江の東部で流行っていた腔調である。清の半ば以降、昆曲の影響を受け、自ら一派をなした。「平調」という呼び方は、明らかに腔調、昆曲、曲調の影響を受けながら寧海県の地理環境と独特な個性によるものである。

 

寧海平調は辛亥革命の後、盛んに行われ、1932年から衰える傾向に陥るようになった。民国後期まで、失われる寸前となった。1956年、三門県関連部門は寧海で転々としていたおよそ10名ぐらいの平調芸人を集め、半分プロの平調チームを設立した。このチームは1957年に杭州で伝統劇目である『金蓮蛟斬』(『小金銭』の一目)を演じ、好評を受けた。1960年の初め、正式に寧海県平調劇団が成立し研究を始め、伝統劇目と現代劇を整理された。1966年後に劇団が解散され、1978年に再結団。1982年、寧海県で平調整理研究チームを設立し、本格的に芸術的研究と改革と劇目の整理に取り組んでいた。199910月、文化部の湖南長沙で主催された「ヤマツツジ」全国伝統演劇合同公演に参加し、演技、監督などの11項大賞を光栄にも獲得した。20047月、寧海平調『銀瓶仙露』が招かれ杭州で中国第7回芸術祭に参加し、好評を受けた。現在、先進的な文化の前進方向が示され、国レベルで無形文化財の保護を重視するようなった。2006520日、寧海平調は国務院の許可によって第1陣国家級無形文化財名簿入りを果された。


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