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白雲庄
2017-10-09フォントサイズ: A A A

 寧波市の西部にある管江のほとりに位置し、明代末期、清代初期の有名な思想家、文学者、歴史学者である黄宗羲が講義をするところで、著名な歴史学者である全祖望に「甬上証人書院」と名付けられた。黄宗羲は字が太沖で、梨州先生と呼ばれていて、余姚市黄竹浦の人である。清代初期の浙東学派の代表人物として顧炎武、王夫之と一緒に明代末期、清代初期の「三大思想家」と称されている。彼は甬上証人書院を通じて浙東学派の各分野の傑出した人物を育成した。白雲庄はもとは、明代末期の戸部主事である万泰の宅であったが、その後彼の息子の万期選が『白雲集』という文集を著作して、死んだ後で、ここに埋葬したため、白雲庄と名付けられた。白雲庄は黄宗羲が講義をしていたところとして、かつて寧波の優れた文人が集まり、一時に栄えていた。

 

 白雲庄の主な建物は東向きで、すべてレンガと木材で建てられた平屋で、古風で優雅な風格を持っている場所となっている。南側は万氏の旧居で、「浙東学派」の主な人物の万斯同がかつてここに居住したことがある。北西側は万邦孚と万斯選のお墓である。万邦孚は万泰の父親で、左軍都督府僉事を担当していた。万斯選は万泰の五男で、同世代ではリーダー役として、黄宗羲は自ら彼に墓誌銘を書くことをした。

 

 白雲庄は浙東の歴史学のシンボルとして、国内外に大きい影響を与えて、省クラスの重要文化保護財である。白雲庄に「甬上証人書院」が昔のままで、黄宗羲の生涯略歴も展示されいる。

 


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