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天一阁
2007-03-06フォントサイズ: A A A

    天一閣は美しい月湖に臨して、中国現存の最も古い蔵書楼であり、アジアでは最も古い図書館である。また世界現存の三大家族図書館でもある。天一閣は個人の蔵書楼として、明の1561年に建てられたのである。清の時代から蔵書楼の前に築山や、亭を建てて、江南の園林になった。数百年以来、珍本や史料の収蔵量が膨大であるため、「南国書城」と言われている。現在、30万冊の蔵書を持っている。1994年から天一閣は寧波博物館と合併して、「天一閣博物館」になった。

    数百年の間に、天一閣は範氏の私宅だったので、対外に開放されなかった。その数百年の間に天一閣に入ったことのある学者は多くても20人ぐらいだろうと推測されている。現在、天一閣は寧波個人蔵書楼だと政府に指定されながら、同時に一般お客さんに開放されている。専門家や学者たちは今そこで史料を調べることができるようになった。1982年、天一閣は国務院に国家重点文化財と指定され、地元の人が誇りとする寧波のシンボルとなった。

    天一閣の主人範欽は明の嘉慶年間に寧波の鄞県(今の鄞州区)に生まれ、1532年、27歳の時科挙試験に合格して進士になった。その後、各地で官僚生活を送った。55歳の時、兵部侍郎を辞任して帰郷した。寧波の月湖の湖畔で蔵書楼を造ったのである。『易経』の注釈「天一生水、地六成之」の言い方から「天一閣」と名付けたという。蔵書には火事が一番恐ろしくて、水が火と相克だから、「天一」には水と火との相克の理が含まれている。範欽はそれで書籍を火事から守ってもらいたいようだ。その考えは建築構造からも見られる。蔵書楼の上層部は隔たりがない大間で、「天一生水」という意味になり、下層部は六つの部屋からなり、「地六生成」という意味になる。閣の前には池が掘ってあり、池の東は月に接し、常に水があるようになり、いざという時には使える。

    範欽は地方誌と各時代の科挙試験の問題を中心に集めた。当時は7万巻余りあったという。今、天一閣にはただ1.7万冊しか保存されていないが、271巻の地方誌の65%と370巻の科挙試験問題はここしかない弧本である。中国伝統文化を研究する学者にとっては何よりの宝物である。

観光コース:

西門――浮き彫りーー東明草――百書楼――尊経閣――明州碑林――千晋斎――東園――蓮の花島――秦氏祠――書画館――南園

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